ACC診断と治療ハンドブック

解説編

母子感染対策

Last updated: 2022-09-29

 適切な対策が行われていない場合の母子感染率は15~30%と報告されており、子宮内感染(経胎盤感染)、経産道感染、経母乳感染のうち、経産道感染が最もハイリスクである[1]。適切な母子感染対策を行う事で、母子感染率を0.5%未満にまで低下させることが可能である。
 HIV母子感染対策の具体的方法は6つに大別される。すなわち、妊娠初期の早期診断、妊娠中の抗HIV療法、陣痛発来前の選択的帝王切開術、分娩時のAZT点滴、出生児に対する予防的AZT投与、出生児に対する人工乳哺育、である(図1)[1,2]。状況に応じてこの6つの中から必要なものが選択されるが、最も重要かつ効果的なのは、母親に対する抗HIV療法である。

妊婦に対するHIV検査

 HIV母子感染対策を適切に行うため、すべての妊娠中の女性にHIV検査が推奨されている。日本では妊婦のHIV感染の有病率が非常に低いため、HIVスクリーニング検査の偽陽性率が高い。スクリーニング検査が陽性の場合、2021年3月の母子感染予防ガイドラインでは、ウェスタンブロット法と核酸増幅法の併用が勧められているが、ウェスタンブロット法はイムノクロマト法(Geenius HIV-1/2キットⓇ)で代用可確と考えられる [1]。

妊娠中の抗HIV療法

 妊婦に対しては、CD4数やHIV RNA量に関わらず全例でできるだけ早期に抗HIV治療を開始する。米国保健福祉省や厚生労働省研究班などがHIV感染妊婦に対する薬物療法について指針を出している[1-3]。妊婦への推奨レジメンは、胎児への安全性と妊娠中の薬効動態のエビデンスの有無が重視されている(表1)。米国保健福祉省の指針はほぼ毎年更新されているため、常に最新の情報を確認することが重要である。

表1 2021年12月DHHSガイドラインにおける妊娠中の抗HIV療法に推奨される薬剤

表1 2021年12月DHHSガイドラインにおける妊娠中の抗HIV療法に推奨される薬剤

 催奇形性など胎児への影響が明確に示されている抗HIV薬はない。妊婦がTDFを用いていた場合、新生児期の骨塩量が優位に低下していたという小規模の報告があるが[2]、長期的な影響は分かっていない。EFVは、かつて動物実験において催奇形性が示唆されていたが、疫学研究で否定されている[2]。アフリカにおける疫学調査で、妊婦がDTGを使用していた場合に新生児の神経管欠損症が増える可能性が示唆されたが、現在では否定されている[4]。
 体液量が増加している妊娠中は、抗HIV薬の血中濃度が低くなりやすい。RALやLPVrは1日1回投与が承認されているが、妊婦には1日1回投与は推奨されない。エルビテグラビル・コビシスタットを含む配合錠(スタリビルド®、ゲンボイヤ®)は、妊娠中はエルビテグラビルの血中濃度が著しく低下するため用いてはならない[2]。

分娩時の管理

 34-36週時点の血中HIV-RNA量が高い場合は産道感染のハイリスクであり、陣痛発来前の選択的帝王切開術と術中のAZT点滴が必要となる。

 陣痛発来前に選択的帝王切開術を行うことで、産道感染のリスクを大きく低減させることができる。しかし破水後はその効果はほとんどなく[5]、抗HIV療法により分娩前の血中HIV-RNA量が検出限界に抑えられている場合は産道感染のリスクも低く、産科的適応がなければ選択的帝王切開のメリットも小さいことが分かっている[6]。欧米では34-36週時点の血中HIV RNA量が一定のレベル(50-1000コピー/mL)を超える場合に限り、選択的帝王切開が推奨されている[6]。日本では感染対策のしやすさを理由に血中HIV-RNA量に関わらず、全例で37-38週を目途に選択的帝王切開術が推奨されてきたが、今後、日本でも分娩前の血中HIV-RNA量に応じて経腟分娩と帝王切開術が選択されるようになると推測される。

 陣痛が始まってから抗HIV療法を開始した場合では、経口の抗HIV薬に加えてAZT静注を開始し分娩終了まで継続する。母親の血中HIV RNA量が1000 copies/mL未満である場合、AZT静注は必要ない。AZT持続静注を行う場合、帝王切開の1時間前から2mg/kg/hrの点滴を1時間行い、その後分娩終了まで1mg/kg/hrで持続投与する。

 分娩後は、予防内服としてすべての出生児に早期(6~12時間以内)に抗ウイルス薬を開始する。母親の血中HIV-RNA量が低値ならば、AZTシロップ4mg/kg(静注3mg/kg)を1日2回4週間投与する。妊娠中もしくは分娩時に十分な抗HIV療法が行われなかった場合や、分娩前に血中HIV RNA量 が高値であり、感染リスクが高いと判断される場合にはAZTと3TCにRALかNVPのいずれかを加えた3剤併用療法を2-6週実施することが推奨されている。

表2. 低出生体重児に対するAZT経口投与量 (経口投与困難の場合は75%量を静注)

 表2. 低出生体重児に対するAZT経口投与量  (経口投与困難の場合は75%量を静注)

出生児に対する人工乳哺育

 母乳には宿主細胞に組み込まれたHIVが存在し、抗HIV療法で除去することができないため、母親が抗HIV療法を受けていても母乳感染が起こりうる。HIVに感染している母親には、母乳による児への感染リスクを十分に説明し、納得してもらったうえで人工乳哺育を勧める。

出生児に対するHIV検査

  出生後はスクリーニング検査および確認検査が偽陽性となるため、出生児のHIV感染の診断は核酸増幅法をもって行う。検査時期は生後48時間以内、生後14-21日、生後1-2ヶ月(AZT終了2-4週間後)、生後3-4ヶ月である。生後1か月以降および4か月以降の少なくとも2回以上の陰性をもってHIV感染を否定できる。以前は生後1歳半のHIV抗体検査陰性をもって感染が否定されていたが、現在では必須ではない。HIV RNAが陽性だった場合は、ただちに再検し感染の確認を行い、HIV感染と確定診断された場合は速やかに3剤併用療法を開始する。


参考文献
1.厚生労働省科学研究費補助金「HIV感染者の妊娠・出産・予後に関するコホート調査を含む疫学研究と情報の普及啓発方法の開発ならびに診療体制の整備と均てん化のための研究」班 HIV感染妊娠に関する診療ガイドライン. ( http://hivboshi.org/manual/guideline/2021_guideline.pdf) (2022年4月15日最終アクセス)
2.Panel on Treatment of HIV During Pregnancy and Prevention of Perinatal Transmission. Recommendations for Use of Antiretroviral Drugs in Transmission in the United States. Department of Health and Human Services. ( https://clinicalinfo.hiv.gov/sites/default/files/guidelines/documents/Perinatal_GL.pdf) (2022年4月15日最終アクセス)
3.Panel on Antiretroviral Guidelines for Adults and Adolescents. Guidelines for the Use of Antiretroviral Agents in Adults and Adolescents with HIV. Department of Health and Human Services (https://clinicalinfo.hiv.gov/sites/default/files/guidelines/documents/guidelines-adult-adolescent-arv.pdf) Accessed (2022年4月15日最終アクセス)
4.Zash R, Holmes L, Diseko M, et al. Neural-tube defects and antiretroviral treatment regimens in Botswana. N Engl J Med 381:827-840, 2019
5.Bryson Y, de Martino M, Fowler M, et al. The mode of delivery and the risk of vertical transmission of human immunodeficiency virus type 1: a meta-analysis of 15 prospective cohort studies. N Engl J Med 340:977-987, 1999
6.Townsend C, Byrne L, Cortina-Borja M, et al. Earlier initiation of ART and further decline in mother-to-child HIV transmission rates, 2000–2011. AIDS 28:1049-1057, 2014

 



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