ACC診断と治療ハンドブック

日和見疾患の診断・治療

播種性クリプトコックス症

Last updated: 2022-09-29

病原体

 Cryptococcus neoformansは自然界に広く存在し、とりわけ窒素を含む鳥の糞で汚染される場所の土壌で増殖しやすい真菌類である。乾燥したC. neoformans を含む微粒子が空気中に舞い上がり、吸入により経気道感染を起こす。Cryptococcus gattiiも病原体として考慮しうるが、現時点では国内感染例の報告は少なく、世界的にも不明の理由により、HIV患者で感染者が多いわけではない事が知られている。本稿ではC. neoformansについて概説する。

臨床像

空気中のC. neoformansは経気道的に肺に感染した後、発症せずに潜伏感染状態となりうる。HIV感染による免疫不全が進行すると再活性化が起こり、臨床的な明らかな肺病変を形成せずに、そのまま、脳髄膜炎を主体する播種性病変へと進展することが多い。播種性病変は脳髄膜炎を伴わずに、血流を介して皮膚、骨、消化管、眼、前立腺などにも生じることがある。当科では脳髄膜炎を伴わない、肺+消化管+皮膚病変を呈した症例を経験している。
 HIV感染による免疫不全のため、中枢神経系に進展しても症状は発熱、全身倦怠感、頭痛など非特異的で重篤でないことが多く、症状の進行も緩徐である。進行例では、髄膜刺激症状や意識障害を生じるが、そうした症例は予後不良である。
 本症の高浸淫地域では、免疫再構築症候群として抗HIV療法開始後に、unmasking IRISとして発症しうる事が知られているので、国内においても流行地域への居住歴あるいは滞在歴を持つ患者においては、抗HIV療法開始前に血清クリプトコックス抗原検査を実施する事を考慮して良い。

診断

 CD4<200/μLの免疫不全例が、原因不明の発熱や頭痛を訴える場合には、本症を積極的に疑い血清クリプトコックス抗原検査を行うことが勧められる。本検査の感度は非常に高いため、陰性の場合にはクリプトコックス髄膜炎の可能性をほぼ除外できる。ただし、非播種性の肺クリプトコックス症の診断感度はHIV症例においてもそれほど高くないため、臨床的に疑わしい肺病変が存在する場合には、髄膜炎への進展を考慮して間隔をあけた再検査も検討して良い。
 抗原検査が陽性の場合には、脳髄膜炎を考慮し腰椎穿刺を実施する。髄液一般検査では細胞数、糖、蛋白などの異常は軽微であることが多いが、髄液圧は著明な上昇していることが普通である。墨汁法による髄液中の直接検鏡(写真1)、髄液抗原検査、髄液および血液の培養検査を提出する。他の臓器病変では、検体を採取し病理組織および培養でクリプトコックスを証明する。
 髄液の抗原や塗抹・培養検査のいずれかが陽性であれば、クリプトコックス脳脊髄炎の診断となり、脳脊髄炎として治療を行う。血清抗原・培養陽性例であるが、髄液の抗原検査、塗抹・培養検査が陰性の場合には、脳脊髄炎以外の播種性病変の検索を行うべきである。
 新規にHIV感染が判明し、その時点でCD4数<100μL以下(特に50/μL未満)の高度免疫不全患者では、髄膜炎症状等神経学的所見がなくても血清クリプトコックス抗原を検査しておくことが推奨される。自験例では、神経学的な所見の全くない新規のニューモシスチス肺炎患者で、入院日に施行した血液培養から4日目にクリプトコックスが培養された症例がある。その後の精査では、血清・髄液クリプトコックス抗原は陽性で、髄液からもクリプトコックスが培養検出された。本症例は独歩でニューモシスチス肺炎治療目的として入院しており、本症を疑う症状所見は全く認めなかった。高度免疫不全患者では、複数の日和見疾患を発症する可能性があり、症状も無症状から軽微な事例があるため、簡便で侵襲性の少ない血清クリプトコックス抗原検査は、CD4低値症例ではルーチン的に検査することは許容されると考える。
 日常生活上でクリプトコックスへの暴露を予防することは不可能である。発症予防については、本症の日本国内感染例は比較的少ないため、薬剤耐性化や費用対効果の点から、抗真菌薬による一次予防は一般的に推奨されていない。

写真1

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治療(抗菌治療)

 治療は、導入治療、地固め治療、および維持治療の3段階に分かれている。
 導入治療は、リポソーマルアンホテリシンB(L-AMB)とフルシトシン(5-FC)の併用療法が最も強力な髄液の菌陰性化作用を持っており、第一選択である。L-AMBの有害事象として、電解質異常(特に低カリウム血症)や腎機能障害が高率に生じるため、十分な補液や電解質の補正を行う必要がある。5-FCは腎機能により用量調整の必要がある点に注意が必要である。
 代替療法として、高容量のフルコナゾール(FLCZ)もガイドランには提示されているが、L-AMBと比較し明らかに治療効果が劣るため、L-AMBが使用できる本邦では推奨されない。また、通常のアムホテリシンB注射剤(ファンギゾン)は有害事象の発現率が高く、L-AMBが使用可能な本邦ではすでに使用すべきではない。なお、導入療法の補助療法として、ステロイド、マンニトールの使用はすべきではない(IRIS管理としてのステロイド使用は後述)。前者では予後が悪化する事を示唆する報告もなされている。
 クリプトコックス脳髄膜炎では、治療失敗は死亡を意味するので、L-AMBにより種々の有害事象が生じたとしても、最低2週間はL-AMBを継続することが強く推奨される。L-AMB がどうしても継続できない場合は、できる限りL-AMBを継続し、高用量FLCZ(800-1200mg/day、(注)添付文書の最大投与量は400mg/day、1200mg/dayの高用量投与の日本人での安全性は検討されておらず、当科でも経験例がない。)に変更し継続する。5-FCも継続すべきであるが、高度血球減少など継続が困難となった症例では、5-FCは中止しL-AMBのみでも継続すべきである。導入療法による髄液の早期菌陰性化は、生命予後とも関連する抗HIV 治療(ART)導入後の免疫再構築症候群(IRIS)のリスクを減少させる。
 導入治療は、最低2週間かつ髄液の培養が陰転化するまで継続する。導入療法を2週間施行したところで、髄液検査を施行し、培養の陰転化を確認する(培養が陰性であれば、墨汁染色で菌体が確認できても陰性と判断してよい)。L-AMB+5-FCが2週間継続できており、治療経過が良好であれば、髄液を採取後培養結果が出る前に地固め治療に移行してよい。
 地固め療法はFLCZ800mg/日を8週間継続する。イトラコナゾールは髄液にほとんど移行せず、特に維持治療においてFLCZと比較した場合に有意に再発率が高いことが分かっており推奨されない。ボリコナゾールは優れた髄液移行性と強い抗菌活性を有しており理論的には有用である可能性が高いが、クリプトコックス脳髄膜炎治療での使用については臨床試験などの知見が十分ではなく推奨されない。
 維持治療は、FLCZ200mg/日を治療開始から1年以上継続する。維持治療の中止は、1年以上治療を継続後に、クリプトコックス関連の症状がないこと、CD4数100/μL以上でありHIVコントロールが良好であること(HIVウイルス量が検出限界以下)を満たした症例では、維持治療の中止を考慮してよい。

(1)導入治療(2週間以上かつ髄液培養陰性化まで)
 ・L-AMB 3-4mg/kg 1日1回点滴+5-FC 25mg/kg 1日4回経口
(上記が副作用で継続出来ないとき)
 ・L-AMB 3-4mg/kg 1日1回点滴+FLCZ 800-1200mg 1日1回点滴
 ・FLCZ 800-1200mg 1日1回点滴+5FC 25mg/kg 1日4回経口
 ・FLCZ 1200mg 1日1回点滴
 *フルシトシンは腎機能障害例では用量調整が必要。
(2)地固め治療(8週間以上)
 FLCZ 800mg/日1日1回経口または点滴
(3)維持治療(維持治療終了基準を満たすまで)
  FLCZ 200mg/回1 日1日経口投与
 *維持治療中止基準(以下をすべて満たす)
 1) 1年以上の抗真菌治療
 2) 症状の軽快かつ安定
 3) ARTによりHIV-RNA量が抑制され、かつCD4≧100/µL

髄液圧の管理

 導入治療期の髄液圧の管理は生命予後と関連しているため、抗菌治療と並んで重要である。髄液圧高値(≧25 cmH2O)では髄液除去による髄液圧のコントロールが強く推奨されている。初圧が20 cm以下になるまで、あるいは初圧が極めて高い場合には、初圧の半分程度になるまで髄液を除去する(1回20-30 mL程度) 。髄液圧および症状が改善するまで腰椎穿刺を繰り返す。

ARTの導入時期と免疫再構築症候群(IRIS)の管理

 適切なART導入時期についてはまだコンセンサスが得られていない。抗HIV療法開始後のIRIS発症は10から30%で生じるとされており、早すぎるART導入は激烈なIRISを起こし、生命予後を悪化させるとする複数のRCTが存在している。
 現時点までに得られている知見からは、少なくとも、播種性クリプトコックス症に対する治療が奏効し、各種臨床症状が改善するまではARTの導入は待つべきであると思われる。2週間の導入治療後に髄液検査を行い、少なくとも髄液圧が正常化しており、かつ髄液培養が陰性であることを確認後にART導入時期を検討する事が望ましい(クリプトコックス症の治療開始後10週程度までART導入を待つ事もある)。具体的導入時期は疾患の重症度、髄液中の菌量、免疫不全の程度、他の合併日和見疾患の有無などによって患者毎に決定されることが望ましい。
 IRIS発症時も、ARTと抗真菌薬を継続し、髄液圧を適正に管理することが必要である。自然発症のクリプトコックス脳髄膜炎とは異なり、IRISによる症状が重篤な場合は、ステロイドの併用を考慮してもよい。投与量について明確な根拠は存在しないが、プレドニゾロン(PSL)で1mg/kg/day程度で開始し、徐々に投与量を減量していく投与法で管理する専門家が多い。
 自験例では、2週間以上の標準的導入療法が施行され、地固め療法に変更時点で髄液培養の陰性が確認されていた症例で、地固め療法も8週間施行し、維持療法中の治療開始から約6か月後に頭痛が出現したため、頭部MRIを施行したところ、画像上でIRISを発症した症例がある。髄液圧は上昇していたが、髄液の培養は陰性のため、維持療法としてのFLCZ 200mg/日の投与は増量や変更は行わなかった。髄液圧管理として髄液の除去を繰り返し施行したが、髄液圧は低下せず頭痛も持続したため、PSL30mg/日を開始し、IRISの管理を開始した。PSL 3mg/日まで減量したところで、頭痛が生じ始め痙攣発作を生じ救急搬送された(痙攣は初発)。再度PSL 60mg/日まで増量し、症状軽快を確認後に緩徐に減量した。この症例で示唆されるように、クリプトコックスが死滅している場合でも中枢神経系にはしばらく菌体抗原が残存しており、免疫の改善と共に抗原に対する免疫応答からIRISを生じると考えられる。実際の管理としては、頭痛等の症状認めた際にはIRISを疑って精査し、必要に応じてPSL併用を行う。PSLの投与量や漸減速度については個々の症例で個別に判断されるべきであると考えられる。

 



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