日和見疾患の診断・治療

梅毒

Last updated: 2022-09-29

臨床像

 梅毒は、Treponema pallidumの感染によって生じる代表的な性感染症の一つである。世界的に2010年頃から増加傾向にあり、特に日本では2021年度以降に大幅な増加が報告されているため、特に注意が必要である。また感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に分類されており、診断後7日以内に発生届を提出する義務がある。

 スピロヘータ感染から約2-6週間後に1期梅毒(初期硬結、硬性下疳、所属リンパ節腫脹)を呈する。典型的には1期梅毒は接触部位に出現する。次に1期梅毒から1-2ヶ月後に2期梅毒を呈する。2期梅毒では発熱、手掌や足底にも出現する皮疹、リンパ節腫大、粘膜病変(潰瘍、扁平コンジローマ)、脱毛、肝炎(ALP上昇が特徴)や腎炎など多彩な症状を呈する。その後は年単位の時間をかけて心血管症状やゴム腫などの3期梅毒に移行して行く。一方、中枢神経浸潤により引き起こされる神経梅毒、眼梅毒や耳梅毒はこの経過のどの段階でも発症することがある。HIV感染者においては、特に高度免疫不全があると非典型的な症状を呈すること、梅毒の進行が早いことが報告されている。

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図1 梅毒の自然経過 (JAMA 2003, 290(11), 15101514)

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写真1

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写真2

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写真3

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診断

 診断は通常血清学的に行われる。トレポネーマ検査(TPHA, TP抗体など)と非トレポネーマ検査(RPRなど)を組み合わせて判断する。感染および治療既往のある患者では抗体価が低値陽性で持続するため、外来通院中にこれらの検査のベースラインの値を評価しておくことは、その後の再感染の診断を行うために非常に重要である。海外のガイドラインではMen who have sex with men(MSM)において定期的な梅毒のスクリーニング検査が推奨されており、本邦のHIV患者にMSMが多いことを考えると積極的な検査を行っていくことは梅毒の流行を抑えるために重要であると考えられる。神経梅毒の診断にあたっては、確定診断のためのゴールドスタンダートが存在しないため、症状と検査結果を総合的に解釈する必要がある。神経学的異常を認め、梅毒診断(または強く疑われる場合)は、腰椎穿刺による髄液所見の評価をした上で治療を行うべきである。この際、HIV患者では、HIV感染自体による髄液の細胞数上昇がありうるため、それを考慮し、細胞数上昇のカットオフは>20 WBC/mm3 とすべきとされている。一方、神経所見や症状がない場合は、CD4≦350 cells/μLまたはRPR≧32倍以上で腰椎穿刺を行うことを推奨する場合があるが、専門家によって意見がわかれている。当科(ACC)ではこの基準による腰椎穿刺は行っていない。
 尚、本邦では髄液中のVDRLが実施できないため、髄液のRPRで代用されることが多いが、髄液中のRPRは特異度が低いため解釈には注意が必要である。

治療

 治療は、早期梅毒(感染後1年以内:第1期・第2期梅毒、早期潜伏梅毒を含む)、後期梅毒(感染後1年以上:罹病期間不明の潜伏梅毒、後期潜伏梅毒を含む)あるいは神経梅毒(眼梅毒、耳梅毒を含む)により異なる。
 2022年1月からベンジルペニシリンベンザチン筋注製剤(BPG)が日本でも使用可能となった。BPGは国際的な標準治療薬であり、エビデンスが最も豊富な薬剤であることから特に妊婦梅毒や先天性梅毒では優先されるべきである。一方、アモキシシリンベースの治療は本邦で長く使用されてきた薬剤であり、本邦の性感染症診断・治療ガイドライン2020でもBPGと並び、第一選択約とされている。
 また治療時には、Jarisch-Herxheimer現象(初回投与後2時間前後に生じる発熱や発疹)が起きる可能性があること、そして通常は対症療法のみで1-2日以内に回復することを事前に患者に説明しておく事で、発症時でも患者が治療薬を中断してしまう事がないように留意する。特にHIV患者の梅毒治療においては頻度が高い事が知られている。
 治療後の効果判定については、非トレポネーマ検査(RPR)が治療前の4分の1以下へ低下することが治療成功の定義とされる。目安としては、早期梅毒で6-12ヶ月、後期梅毒では12-24ヶ月以内に低下すると考えられているため、下記の治療が完遂されていれば追加治療は必要ない。ただし、治療後の経過観察時に4倍以上上昇した場合には再感染または治療不良を考え、再治療を行う必要がある。尚、治療後であっても、RPRは15-20%で陰性とならず、これはセロファーストと呼ばれる。治療時のRPRが高い値であったり、HIV感染症がある時に起きやすいとされている。

早期梅毒

 Benzylpenicillin Benzathine intramuscular injection 1回
 Amoxicillin 3g分3 + probenecid 750mg分3 14日間

 ペニシリンアレルギーの場合
 doxycycline 200mg分2 14-28日間
 ※Doxycyclineは、本邦では適応外使用であることは注意が必要である。

後期梅毒

 Benzylpenicillin Benzathine intramuscular injection 1回/週 x 3回
 ※投与間隔は10-14日までは妊婦梅毒を除いて許容されるが、通常9日以内での投与が望ましいとされている。
 Amoxicillin 3g分3 + probenecid 750mg分3 28日間

 ペニシリンアレルギーの場合
 Doxycycline 200mg分2 28日間

神経梅毒・眼梅毒

 ベンジルペニシリンカリウム2400万単位/日を持続静注もしくは4-6分割点滴静注 10-14日間

 ペニシリンアレルギーの場合
 Ceftriaxone 2g1日1回 10-14日間

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NEJM2020

HIV感染症とその合併症 診断と治療ハンドブック
AIDS Clinical Center (ACC)
国立研究開発法人 国立国際医療研究センター
エイズ治療・研究開発センター
監修:岡 慎一
編集:照屋 勝治
執筆者:
国立国際医療研究センター
エイズ治療・研究開発センター
照屋勝治、潟永博之、田沼順子、渡辺恒二、青木孝弘、水島大輔、
柳川泰昭、上村悠、安藤尚克、中本貴人、大金美和、池田和子、杉野祐子
眼科 八代成子
薬剤部 増田純一
国立病院機構東埼玉病院
塚田訓久
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