ACC診断と治療ハンドブック

解説編

曝露前・曝露後の予防内服(oPEP/nPEP/PrEP)

Last updated: 2022-09-29


occupational post-exposure prophylaxis(oPEP):
血液・体液曝露事故(針刺し事故)発生時の対応 要点

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はじめに

 医療行為を行う限り、針刺し事故をはじめとする体液への曝露事故を完全に回避することは不可能である。HIV曝露事故への対応を考える前提として、HIVはHBVやHCVと比較してその感染力は極めて弱く、針刺し事故において全く予防内服を行わなかった場合でも感染確率は0.3%程度であること、世界的にも職業的曝露によるHIV感染が確実である例は少ない(多剤併用による曝露後予防が行なわれるようになってからはほとんど発生していない)という事実はしっかりとおさえておきたい。万一の曝露事故発生に備えて、希望に応じて速やかに抗HIV薬の予防内服を開始できる体制を、各医療機関で確立しておくことが重要である。専門的判断を求めるために、近隣のエイズ治療拠点病院の所在地と連絡先(『拠点病院診療案内ウェブサイト』https://hiv-hospital.jp/ 、外部サイトにリンクします) を確認し、曝露事故時でも慌てる事のないよう、その後の対応について事前に話し合っておく事が望ましい。

HIV曝露事故後の感染リスク

 職業的曝露後予防内服(occupational Post-Exposure Prophylaxis; oPEP)を全く行わない場合の感染率は、針刺し事故の場合で0.3%(0.2-0.5%)、粘膜曝露の場合で0.09%(0.006-0.5%)とされている 。血液以外の体液の曝露に関してはデータに乏しいが、これよりも感染リスクは低いと考えられる。皮膚面への曝露については、皮膚表面に傷がある場合理論的には感染リスクがあるが、その確率はほぼゼロに近いと想定される。

適切な曝露後予防内服(PEP)を行った場合の感染リスク

 AZT単剤によるoPEPでも感染リスクを80%以上低下させることが示されている1)。2005年の米国公衆衛生局ガイドライン2)で推奨されている2剤ないしは3剤を併用した予防内服ではより高い感染阻止効果が期待され、実際に米国における2010年12月時点までのサーベイランス3)でも、1999年以降職業的曝露によるHIV感染が確定した例は1件も報告されていない(実験室における曝露事故での感染例が2009年に1例報告されている)。曝露後72時間以内の開始がoPEPの要件とされるが、理論的に可能な限り早期に開始すべきである。

曝露後予防の実際

 まず、曝露部位を多量の流水と石けん(眼球・粘膜への曝露の場合は大量の流水)で洗浄することが重要である。受傷部位から血液を絞りだそうとする試みや、曝露部位への消毒剤の使用などは、有効性が証明されておらず、PEP開始までの貴重な時間を失うことになるため推奨されていない(表1)。

表1 曝露事故発生後直ちに行うこと

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 事故の状況によっては、曝露源がHIVに感染しているかどうかが分からない場合や、事故者が責任者と連絡がとれない場合がある。oPEPにおいては曝露後可能なかぎり速やかに初回内服を開始することが重要であるため、リスクが高いと判断される場合には曝露源のHIV検査結果を待たずに事故者の判断でPEPを開始してよい。事故者の判断で予防内服を開始した場合でも、責任者と連絡をとるための努力は継続する。

 2013年8月の米国ガイドラインの改訂4)において、oPEPの推奨薬剤はアイセントレス錠とツルバダ配合錠の組み合わせが推奨され、他に複数の組み合わせが代替レジメンとして記載されているが、2013年以降はアップデートがなされていない。同ガイドラインには公表時点以降に使用可能となった抗HIV薬に関する言及はないが、理論的にはHIV感染者の治療の際に推奨される抗HIV薬の組み合わせはPEPにも有効であると考えられ、予想される副作用や薬物相互作用も考慮したうえで推奨薬剤が決定される。PEPが必要と考えられる臨床状況を表2に示す。
 厚生労働省研究班の抗HIV治療ガイドライン(2022年3月版)では、アイセントレス400mg1日2回+デシコビ配合錠HT1錠1日1回28日間内服を推奨している。当院では、テビケイ錠50mg1日1回+デシコビ配合錠HT1錠1日1回を処方する例が多い。

 特定の臨床状況(表3)では専門家との相談が必須であるが、相談のためにPEPの開始が遅れることがあってはならない。

表2 曝露後予防内服が推奨される臨床状況(USPHS 2013)4)

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表3 専門家との相談が必要な臨床状況

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曝露後予防の経過観察

 HIV曝露後予防に関する経過観察は以下の4点、(1) 曝露時点(ベースライン)、(2) 曝露後6週、(3) 曝露後12週、(4) 曝露後6ヶ月、で行うことが推奨されている。検査項目には、HIVスクリーニング(+他の血液媒介感染症の検査)に加え、全血球算定CBC、腎機能検査、肝機能検査が含まれる。
 経過観察に第4世代HIVスクリーニング検査(抗原・抗体スクリーニング)を用いる場合には経過観察期間を4ヶ月に短縮することも可能(曝露時点・6週・4ヶ月)と記載されている。

HIV/HCV重複感染者由来の事故によりHCV感染が成立した場合には、より長期(12ヶ月)の経過観察が推奨されている。

その他

 HIVへの曝露事故は、事故者にとって大きな精神的負担となる。事故対応(HIV検査・PEP薬処方・報告書管理など)に際しては、事故者のプライバシーに関しても高度の配慮が必要である。
 なお、平成22年9月9日付の厚生労働省健康局疾病対策課長通知(健疾発0909第1号)により、曝露後予防内服は労災保険の給付対象となった。

資料

 東京都福祉保健局のマニュアル(日本語)をダウンロード可能です。自治体毎に状況は異なると思われますが、現場での判断や体制整備の参考となる資料です。
 また、厚生労働省研究班の抗HIV治療ガイドライン内にも曝露後予防内服に関する詳細な記述がありますので、ご一読をお勧めします。
 ・東京都エイズ診療協力病院運営協議会編(東京都福祉保健局)
 「HIV感染防止のための予防服用マニュアル-曝露事象発生時緊急対応用-(1)(平成29年7月改定版、PDF:796KB)https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/koho/kansen.files/manual.pdf

参考資料
1)Cardo DM, et al. A case-control study of HIV seroconversion in healthcare workers after percutaneous exposure. N Engl J Med 1997;337:1485-90.
2)Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to HIV and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. MMWR 54, RR-9, 2005 (PDF1.90MB)
http://www.cdc.gov/mmwr/pdf/rr/rr5409.pdf
3)Surveillance of Occupationally Acquired HIV/AIDS in Healthcare Personnel, as of December 2010.
http://www.cdc.gov/HAI/organisms/hiv/Surveillance-Occupationally-Acquired-HIV-AIDS.html 4.Kuhar DT, et al. Updated U.S. Public Health Service Guidelines for the Management of Occupational Exposures to Human Immunodeficiency Virus and Recommendations for Postexposure Prophylaxis. Infect Control Hosp Epidemiol 2013;34(9):875-92.

 


 

非職業的曝露後予防内服:non-occupational post-exposure prophylaxis(nPEP)

 Unsafe sex等の医療事故以外の曝露後予防内服(nPEP)に関しても、国際的には救急対応としてPEPが推奨されている。原則的に医療者におけるoPEPと抗HIV薬の組み合わせ・内服期間は同一であるが、その後のリスク行為への行動変容(safer sex等)に関する介入が必要となる。加えて、nPEPを要する高リスク者は下記に述べる曝露前予防内服(pre-exposure prophylaxis:PrEP)への移行が推奨される。
 nPEPの適応に関しては、多くの場合、曝露源のHIV感染症のステータスは不明であるが、相手が高リスク者(MSM等)であったり、性的暴行を受けた場合には、nPEPの適応症例として抗HIV薬を処方することが一般的である。
 また、nPEP目的の抗HIV薬は適用外使用であり、自費負担で高額となるため注意を要する。近年、東京近郊では、nPEP、PrEP目的で安価なジェネリック薬の抗HIV療法を処方する民間のクリニックが増加しており、nPEPの提供施設は、拠点病院から民間施設へと移行しつつある。

曝露前予防内服:pre-exposure prophylaxis(PrEP) 要点

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はじめに

 PrEPはHIV感染症の有力な予防法の一つ(safe sexが基本である)として、世界的に普及し公衆衛生学的な成果を収めている地域もある。現時点において(2022年6月)、日本ではツルバダ配合錠等のPrEP用の適応承認はなく自費での処方となるが、PrEPの認知度の高まりを受け、ジェネリック薬のネット購入によるPrEP userが急増している。PrEPの情報に対するニーズは極めて高く、HIV診療に携わる医療者にとってもPrEPの知識が重要となっている。東京近郊では、安価なジェネリックのPrEP薬を処方する民間クリニックが増加しており、急増する当事者のニーズに対応しているが、それ以外の地域では、PrEPサービスの提供が限られているのが現状である。以下では、米国CDCのPrEPのガイドライン1)等をもとに、PrEPに関する指針を要約した。

PrEPの適応

 すべてのセックスをしている成人及び青年に対して、PrEPの情報提供の機会が必要と考えられている。過去3か月間と今後3か月間にHIV感染リスク(例:不特定多数のパートナーとのコンドームなしのreceptive anal sex、性的薬物の使用、直腸のクラミジア・淋菌感染、梅毒感染など)があった、またはあると考えられる場合はPrEPの適応と判断してよい。また、性的な事柄に関して、医療従事者に告知しない人も多いので、PrEPの希望があれば、医療者にとって適応がないと思われる場合でもパターナリズム的に否定せず、PrEPの処方をすることが推奨されている。

PrEPの開始前後の評価

 PrEP用の薬剤は2剤の合剤でありHIV治療には不十分であり、HIV感染者が自らのHIV感染に気付かず、PrEPを開始すると薬剤耐性獲得リスクが懸念される。そのため、PrEP開始前のHIV感染症の否定が必須であり、PrEP服用中も3か月毎の陰性確認が必要である。PrEP開始時にはすべての希望者に性感染症(梅毒・淋菌・クラミジア等)のスクリーニング検査を行い、その後のフォローアップではリスクに応じて定期検査を行う。MSMの高リスク者では一般的には3か月毎のフォローが推奨される。副作用に関して、腎機能をベースラインで評価した後、腎機能低下のリスクに応じて少なくとも6~12か月毎にモニタリングして腎不全を発症している患者が服用を継続しないようにする必要がある。ツルバダ配合錠、デシコビ配合錠は、B型肝炎の治療薬でもあり、慢性B型肝炎患者にPrEPを開始すると、種々の理由による薬剤中止時に肝炎のフレアーが起こる可能性があり、PrEP開始前に、HBs抗原の陰性を確認する事が必要である。慢性B型肝炎である場合は、PrEP開始の是非につき、専門家に相談することが推奨される。米国のガイドラインの開始時とフォロー中の検査スケジュールを下記に示す(表1)。HCVに関しては、オランダなどからの報告でPrEP userでHCV感染が有意に高かったとの報告があり、米国でも年一回のフォローが推奨されているが、各国・地域の疫学をもとに考慮されるべきと思われる。東京近郊の非HIV感染MSMのHCVの罹患率は、オランダ等と比較して低く、PrEP userでHCVが増加するデータは現時点ではない(当院SH外来データ)。

表1. PrEP開始時とフォロー中の検査スケジュール

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PrEPの処方と実際

 最もエビデンスが豊富なPrEPとして、ツルバダ配合錠一日一錠内服(デイリーPrEP)が推奨される。男性及びトランスジェンダー女性ではデシコビ配合錠一日一錠内服も推奨される。リスク行為の2~24時間前にツルバダ配合錠2錠を内服し、その24,48時間後にそれぞれ1錠内服するオンデマンド方式(2-1-1)もシスジェンダーMSMおよびホルモン療法を行っていないトランス女性には推奨される。アドヒアランスがPrEPの予防効果に極めて重要であり、アドヒアランスおよびsafer sexのカウンセリングが重要である。
 デイリーPrEPの中止法に関する科学的根拠は少ないが、MSMでは、オンデマンドPrEPに準じて、最終性交から2日間、一日一錠ずつ内服することでPrEPを中止することができるとされている。

PrEP情報リンク

 

PrEP@Tokyo PrEPに関する包括的な情報を提供している https://hiv-prep.tokyo/

PrEP in Japan 特定非営利活動法人ぷれいす東京が運営するPrEPを含む性の健康について情報発信している https://prep.ptokyo.org/

国立国際医療研究センターSH(Sexual Health)外来 https://shclinic.ncgm.go.jp/


参考資料
1)Centers for Disease Control and Prevention. Preexposure Prophylaxis for the Prevention in the United States (2021 Update) – Clinical Practice Guideline. (US Public Health Service: PREEXPOSURE PROPHYLAXIS FOR THE PREVENTION OF HIV INFECTION IN THE UNITED STATES – 2021 UPDATE, A CLINICAL PRACTICE GUIDELINE (cdc.gov))

 



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