ACC診断と治療ハンドブック

解説編

HIV感染症に関連した院内感染対策

Last updated: 2022-09-29

一般的事項

 HIVが通常の接触で感染伝播することはない。よってHIV感染対策は標準予防策で十分である。標準予防策の概要については、成書を参照されたい。

採血時の標準予防策

 採血は日常診療でありふれた行為であり、かつHIVへの曝露事故が最も起こりえる医療行為である。その意味で、採血時の標準予防策の遵守は、HIV感染対策で最も重要である。要点は、①適切な大きさの手袋を選択すること(写真1)、②可能な限り真空管採血ホルダーを使用すること、③原則的にリキャップはしないこと、④使用後は針を直ちに廃棄すること(写真2)、である。不適切な大きさの手袋は、操作を不確実にすることでかえって針刺し事故のリスクを高める。使用済みの針はすぐに廃棄しない場合、第三者への針刺し事故のリスクを高める上、廃棄し忘れた場合に曝露源不明の針刺し事故につながりうる。採血時に、小さな針捨てボックスをワゴンに乗せて携帯することが望ましい。

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写真1. 適切な大きさの手袋の選択

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写真2. 針ボックスの携帯と採血後の速やかな廃棄

HIV感染者に合併しうる各種感染症への配慮

 HIV感染症自体の院内感染対策は標準予防策で十分であるが、免疫不全宿主であるため、入院時および入院管理中は合併しうる各種感染症への注意が必要である。

1) ニューモシスチス肺炎(PCP)

 HIV感染者が罹患する肺炎で最も頻度が高いものである。Pneumocystis jirovecii が病原体であり、患者周辺の環境に同菌が拡散し空気感染しうることがすでに判明している1) 。よってHIV感染者はもちろん、他の免疫不全患者(免疫抑制剤、ステロイド内服)へ、PCP患者からの感染伝播による院内感染が起こりうるため、PCP発症者を入院させる場合には重度免疫不全者とは病室を別にするか、あるいはPCP治療開始1-2週間程度は個室(陰圧室である必要はない)で管理することが望ましい。当科(ACC)では肺結核合併のリスクも考慮し、画像所見に関わらずPCP症例の全例で、入院後に3回連続で抗酸菌塗沫陰性を確認するまでの空気感染対策も行っている。

2) 肺結核

 HIV感染者で肺炎像を呈する患者では常に考慮すべき疾患である。細胞性免疫の低下に伴い臨床症状や画像所見はしばしば非典型的となるため、診断自体が必ずしも容易ではない場合がある点が問題であり、肺結核を疑わずに不用意に大部屋に入院させた場合に、結核の曝露事故につながるリスクがある。CT画像における縦隔リンパ節腫大と造影剤によるリング状増強所見は結核を疑う重要な所見であり、このような所見を見た場合には肺野に陰影を認めない場合でも、喀痰の塗抹検査を実施すべきである。
 一方で、進行期HIV患者では非定型抗酸菌症による喀痰塗沫陽性例も稀ならず経験する。抗酸菌塗沫陽性例ではPCRでM. tuberculosisである事を確認後に結核病棟への隔離を行うべきである。

3) 麻疹

 現在でも、輸入症例として間歇的に麻疹患者が報告されている。麻疹に対する感染防御の主体は細胞性免疫であるため、HIV感染者では発疹が出ないなど非典型的な症状を呈することがあり、診断は必ずしも容易ではない事がある点に注意が必要である。麻疹の流行状況を考慮し、疑い例あるいは麻疹患者との接触歴が明らかな例では、発熱時に常に麻疹を念頭に置いた対応(個室管理)を行う必要がある。なお、HIV感染者の場合にはたとえ罹患歴があっても、免疫不全進行例では再感染が起こる。CD4<200/µLの場合には既往歴に関わらず感受性者であると考えるべきである。重度免疫不全例が麻疹に罹患した場合には、亜急性脳炎による致死的な合併症が発症しうる。
 当科では外来に麻疹患者が受診してしまうといった短時間の接触で、二次感染者が複数発生した事例も複数回経験している。表1は当科での曝露事故での対応方針であるが、発症予防効果について明確なエビデンスが存在するわけではないため、あくまで参考とされたい。

表1

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4) 下痢症を呈する場合

 HIV感染者では、アメーバ性腸炎、クリプトスポリジウム、ジアルジア症が性感染症として発症しうる。HIV感染者の下痢、血便では常にこれらの疾患を念頭に置いて診療を行うことが重要であり、便検体が不適切に取り扱われた場合には、経口感染する可能性があるので、検体の取り扱いには十分に留意する必要がある。

文献
1.Clin Infect Dis. 2010 Aug 1;51(3):259-65.

 



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