ACC診断と治療ハンドブック

日和見疾患の診断・治療

進行性多巣性白質脳症(PML)

Last updated: 2023-12-04

 本疾患の原因ウイルスであるJC virusは多くは小児期に不顕性感染し(成人の70%程度)、腎細胞やBリンパ球に潜伏感染している。HIV感染による免疫不全を契機に再活性化するとウイルスは中枢神経へ移行し髄鞘を形成する乏突起膠細胞(Oligodendrocyte)に感染、脱髄を生じ発症する。健常人に発症することは非常に稀である。

臨床像

 亜急性に進行する様々な神経症状、四肢の脱力(運動失調・不全片麻痺・不全単麻痺)視覚障害(半盲・複視・動眼神経麻痺)などが初発症状であり、進行すると意識障害・認知障害・けいれん・歩行失行など多種多様な神経症状を呈す。中枢神経のいずれの白質にも病変は起こりうるが、中でも皮質下領域は好発部位であり、大脳皮質の不全症状として失語・失調・視覚性失認・記憶障害も起こしうる。80%の症例で何らかの巣症状を認める。PML自体では髄膜刺激症状や発熱などの炎症症状を認めることは少ない。本疾患発症後はその後のART導入により免疫再構築症候群(IRIS)によるADLの急速な悪化が非常に高率に経験される。ART開始後のunmasking IRISとして急速発症する例も知られている。

診断

 臨床症状と下記の検査所見より臨床診断する。

血液検査:血漿中にJCVをPCRで検出された際は比較的特異度が90%程度と高いが、感度は40%以下と報告されている。

髄液所見:炎症細胞は認めないか、あっても少数で概ね25/µL 以下で、通常は単核球優位となる。髄液圧は正常である。髄液タンパクは正常もしくは軽度上昇。髄液IgGの上昇を伴うことがある。JCVのPCRによる検出は感度80%程度(74%~92%)、特異度は95%程度(92%~96%)であり診断に有用であるが、病期により感度は異なるためPCR陰性でも本症は否定できない。臨床的に本症が疑われる場合は、初回検査が陰性の場合でも、間隔をおいて再度PCR検査を行う事が推奨される。また臨床症状と画像所見を欠き、JCVのPCRのみ陽性であるPML症例はHIV陽性患者ではまれである。

画像所見:MRIによるT2強調像、FLAIRが病変の描出に優れている。病変は白質に限局し、多くは病変に左右差があり、T1強調像で低信号、T2強調像およびFLAIRで高信号、造影剤による増強効果はなく、浮腫やmass effectを伴わないのが典型的である。ただし、免疫再構築症候群として発症した場合には、造影剤による増強効果や浮腫などを認める場合がある。鑑別としては、同じくT2強調像で高信号、造影増強効果のないエイズ脳症が重要であるが、多くはT1強調像で等信号であり病変が左右対称性である点で異なる。CTでは白質に増強されない低濃度域として描出されうるがMRIに比して感度は著しく劣る。

脳生検:本症の診断は基本的に典型的な画像所見のみで行われるが、他の疾患との鑑別が必要な場合には脳生検も考慮される。病理組織像では中枢神経全般で種々の程度の脱髄性変化が多発性に認められる。星状細胞は巨大化しクロマチンに富み核は変形し分裂像も認められる。OligodendrocyteはJCウイルスのパーティクルを含んだ封入体をもつ高濃度の核をもち巨大化している。

写真1. 頭部MRI T2強調画像:30歳代 男性 左上腕麻痺主訴 CD4:42/µL

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治療

 有効性が証明されている治療法は確立されていない。現時点では、ART導入による免疫能の回復のみが疾患の経過に好影響を及ぼすと考えられているが、先述のようにART開始後の免疫再構築症候群を起こして、急速に悪化する例もあり、治療に対する反応には個体差が大きい。免疫再構築症候群によるPMLの悪化に対しステロイドの投与も試みられているが、その臨床的有用性は確立されていない。マラリア治療薬であるメフロキンが抗JCV活性を持つことがin vitro の検討で示され、一時、臨床的有用性が期待されたが、2013年に報告されたRCTの結果では有効性は全く証明されなかった(1)。免疫再構築症候群として発症したPMLでは、古典的PMLと異なり、造影MRIで強調される脳浮腫所見が見られる事もあり、より急速な進行がみられる。
 ARTによる免疫機能の回復により、生命予後は比較的良好となっているが、上述のようにPMLに対する特異的治療が存在しないために、ART導入後に免疫再構築症候群の要素も合わせ、症状が増悪することが多く、最終的に運動機能障害や精神障害を残す場合が少なくない。高度の高次機能障害を残す形で長期間生存する症例も見られるようになっている(写真2)。最近の報告では、CD4リンパ球減少が遷延するHIV症例で、リコンビナントIL-7投与による代替治療で予後を改善する可能性が報告されており、今後の知見の集積が待たれている。

写真2. 免疫再構築によるPML悪化の一例

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PML診断時

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ART 2週(CD4 18/mL)

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ART6週

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ART 12週(CD4 53/mL)

文献
1)Clifford DB、et al. A study of mefloquine treatment for progressive multifocal leukoencephalopathy: results and exploration of predictors of PML outcomes. J Neurovirol. 9:351-8., 2013

 



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